「まなさんと一緒」の日々

一緒に暮らしている、猫のまなさんとの日常を記していきたいと思います。

「はじめての日本古代史」を読み終えるーー読書量を増やすための読書記録36

ブログの更新がまばらになっている間に80%引で購入したちくま新書のうちの一冊を読み終えました。でも、読み終えてからすこし時間が経つので、もうすでに記憶があいまいで、要約して本の紹介をするという、今年の目標が果たせそうにありません。

 

oldtypeossan.hatenablog.com

 

はじめての日本古代史 (ちくまプリマー新書)
 

 

 

とはいえ、学者さんがようやく一冊の本にまとめているものを再び要約できなくて当たり前ですか。「日本古代史」って対象がでかいですしね。

 

 

おっさんがもっと印象深かったのは、日本古代国家の完成形である「王朝国家」体制から、自力救済(=暴力主義)を旨とする中世国家への移行を、

 

日本は文(儒) 未確立の社会であったので、中国のように武や力を見下して徹底的に忌避するという思想が現われなかったという指摘もある( 高橋昌明『武士の日本史』)。中国や朝鮮では出現するはずもなかった武家政権が日本では現われ、しかもそれが七百年近くも存続したことの意味を、皆が考えるべきであろう。 

 

 「武士的なるもの」がその後の日本の歴史の主流となり、その歪曲されて増幅された発想、武士を善、貴族を悪とする価値観や、草深い東国の大地を善、腐敗した京の都を悪とする地域観が現代日本にまで生き続けることになったのである。 

 

とまとめた著者の考えですね。

 

 

日本の庶民の祖先なんてほどんど農民なのに、その農民を支配していた「侍」を名乗る「侍ジャパン」を応援する神経が、おっさんにはわからないんですよね。でもこれも「武士的なるもの」を重んじる考え方の現れですよね。きっと「大和魂」もこの流れでしょうし。

 

 

そのくせ、変に京都に対する憧れを強調した旅行がもてはやされたりするでしょう?

 

ja.wikipedia.org

 

なんなんでしょうかね?

そういった「日本人」の意識しない発想を自覚化していくことにこそ歴史を学ぶ価値があるように思います。

 

 

前回 

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