先日、古い友人と会ったとき、「歳とっても本読んでるからえらい」と言われつつも、最近ブログで書評を書いてないなとも言われ、「そんなことないやろ、書いてるやろ」と思い、確かめたら前回はもう70日も前でした。
なんてこったい。
アウトプットが苦手なおっさん、読み終えつつもなんと書いていいかわからないままに過ぎていってしまうこともしばしばなので、短文でもいいから読書記録を書いていこうと改めて思いました。
そんなわけでピチピチ、今日読み終えてすぐの「帝国日本のプロパガンダ」。
著者自身があとがきで
本書の対象は、すでに冒頭で書いたとおり、日清戦争期から敗戦後の占領統治期までの五〇年あまり。(略)
考えてみると、わずか半世紀の期間である。(略)
執筆を進めていくと、この五〇余年間の戦争の時代と、現在の事象との間に接点が多いことに否応なく気づく。いま私たちが生きる時代にも埋め込まれている危機をいかに回避していくべきか。(P.196)
と書いているので、そういう視座から見ているのであれば、もう少し日中戦争から太平洋戦争にかけての時代にボリュームをおいて書いてほしかったなと思ってしまいます。
「キングの時代」とか「言論統制」を読んだあと、同じ気持ちで読むと肩すかしを食らったような読みたりなさが残りました。
ただ一方で面白いなと感じたのは、台湾の霧社事件についての部分で、
霧社事件を巡る一連の問題の中で注意すべき点は、治安維持を名目とすれば、議会の承認を経ずに軍隊の出動が許されるという前例を作ってしまったことである。一九三〇年代前半、議会が軍隊の出動に対する制御機能を緩和させたことは、その後に軍部の冒頭という禍根を残すことになった。(P.112)
という記述。
「なるほどな」と思う一方で、軍政と軍令を巡って統帥権干犯問題が起こっていたこの時期以前に、本当に軍隊の出動に議会の承認が必要であったのか?という疑問が浮かんできたりします。
また、この霧社事件を描いた映画「セデック・バレ」もウォッチリストに入れたまま未見なので見てしまわないといけないなと思いました。
先述したように、戦争勃発直後に公布された「新聞事業令」などによって、新聞は報道機関と自称しながらも、その実態は完全に国家の宣伝機関に化していた。(P158)
ここで言っている「戦争」は太平洋戦争なのですが、やっぱりこのあたりを掘り下げるとか、第六章での「富士倉庫資料」をもとに「満蒙問題」あたりを掘り下げてもらえると、行政機構、官僚機構としての軍と報道の関係がもっと深く知れたのではないかなと思ったりします。
というか、日本の報道機関はいつまで経っても「自称報道機関」なんですね。
最後に考えさせられたのは、
一九四二年二月以降の本土空襲、四四年一〇月以降の沖縄空襲よりも前に、台湾へ激しい爆撃がおこなわれていた。(略)米軍による空襲は、日本本土のみならず、台湾や東南アジア各地でつづく。
しかし、こうした日本本土以外の地域で激しい空襲があったことは、日本の報道界も学術界も、戦後に取りあげることはほとんどなかった。(P.170)
とのくだりで、日本人は自分たちへ(いまも日本である部分)の被害(空襲)についてはものすごく敏感なのに、かつて日本が支配していた部分(旧の日本であった部分)の被害についてはすごく鈍感であることについて、もっと自覚的であるべきなんだろうなと思いました。
そして、その最後に触れた部分については、次に読み始めている「満蒙開拓団」にも通底している部分なんだろうなと思います。
ちゅうか、おっさんは若い頃正直言って「岩波」の本があまり好きでなかったのですが、この歳になってけっこう「岩波」が出している本にいいなと思うものがあり、おっさんはわかってなかったなと反省しています。