今日、まなさんにご飯をあげるときに、「お優しいおっちゃんがご飯あげるから、おっちゃんのことを好き、好き、言うてよ」とものすごい恩ぎせがましい物言いをしているのに気づいて、恥ずかしくなったおっさんです。
P.110
かつてマルクスは、個人の知識や思想(世界観)はすべて、属している社会の構造に規定されたイデオロギーであると主張しました。
そうだとすると、この世界には真理は存在できません。もしくは知識や思想はすべて相対的に真理であり、知識の数だけ真理があることになってしまいます。
例として図示されているのは、
資本主義国家のイデオロギー 自由が一番
サラリーマン社会のイデオロギー 真面目な労働は大事
「どっちもどっち」の理論って、この相対主義的な考え方に似ていますよね。
P.110で相対主義と相関主義の説明の中で、
相対主義だとなんでもアリになってしまう
と書かれているのが、まさになんだか 日本人的な思想状況のような気がします。幅広く何でも受け入れているけれど、「なんでもアリ」にして結局は大事なものがこぼれていってしまっている。
というか、判断をくだすのが怖いので、相対主義的に「なんでもアリ」にしてしまっているのかもしれませんね